2005.10.05 Wednesday
田中さんご夫婦
今日、ベッドを配達に行かせていただいた田中さんご夫婦。
長年、当店をご愛顧いただいている。
お話好きなご夫婦からは、色々なお話を聞かせていただいているが、今回、衝撃的な話を伺った。
このご主人、元少年飛行兵の16期生だと言う。
もし、あの戦争があの時終わっていなかったら、ご主人は特攻隊の隊員として、若い命を奪われていたそうだ。
戦争が終わったおかげで、出撃しなかった特攻隊員と言うのだろうか?
私は若い頃、添乗員として、知覧の特攻隊記念館に行ったことがある。
あどけない、まだ子供の顔をした特攻隊員が、爆弾を持ち、片道分の燃料を積み、出撃していく。
中には飛行機がボロくて、相手の艦船にたどり着くまでに、着水してしまったり、まだ操縦技術が未熟でまっすぐ飛べないものもあった・・・とか。
どうして、そんな形で命を落とさなければいけないのか・・・と、憤りとともに悲しさを覚えた。何度行っても、涙の出る場所・・・なのである。
戦争はこんなに理不尽なものであったと知るために、ぜひ知覧の特攻隊記念館に足を運んでいただきたい。
友人が戦争についてのBLOGを書いていました。
戦争については、色々な意見があると思いますが、今できることは、当時色々な思いを持っていた方々の話に耳を傾け、自分なりの思いを持つこと・・・じゃないかと思います。
私の祖父も、戦争に行っていた一人です。
当時は「戦争に行きたくない」と言うだけで、非国民で、周りのものに相手にされない状況であった・・・と言います。
親が死に掛けていても、子供が死に掛けていても、奥さんが産気づいていても、召集令状1枚で、どうしても出かけなければならない状況だった。
『誰が戦争に行きたくて行った人があるか・・・。』
祖父は南方に出かけ、ゲリラ戦を体験し、どう見ても負け戦なのに、前に進むしか道はなかった・・・と言っていた。
殺さなければ、殺される。。
そんな異常な毎日を送っていたのです。
戦争がなかったら・・・。
しかし、そんな日々を送っていた祖父や田中さんには、生きるための意志?強さ?を感じます。
国のために・・・と言いながら、家族のために戦った人々。
戦わざるを得なかった時代。
その時のことを、自分なりの言葉で、次の時代に伝えて行かなければ・・・と思いました。

